物理学系研究活動報告(2016-2020年度)抜粋

1.6. 西田祐介研究室(理論物理学)

本研究室では、高い制御性を有する冷却原子系における量子多体問題([4,6,10,11,13,17,19])や量子少数問題([15,16,18])を中心に、物性・統計物理([1,2,3,7,9,14,20])や素粒子・原子核物理([5,8,12])にも展開しながら理論物理の研究を行なっている。以下では、これらの研究の中から主要な話題についてその概要を記述する。

1.6.1. ヘリウム3超流動の有効理論とホール粘性

ヘリウム3における超流動は長い研究の歴史を持つが、近年ではトポロジカル超流動の代表例として再び注目を集めている。しかし、ヘリウム3超流動は強相関系であるために、定量的に信頼できる計算は一般に困難である。論文[14]で発表した研究では、ヘリウム3超流動のBalian-Werthamer状態(B相)に対して低エネルギー有効理論を構築し、その物理的帰結を詳細に解析した。まず、系を仮想的に曲がった空間に置くことで系が持つ全ての対称性を浮き彫りにし、それらの対称性と整合するように低エネルギー自由度を用いて最も一般的な有効理論を構築した。この有効理論は、対称性と微分展開だけに基づいて構築されているので、定量的に信頼できる非摂動的な予言が可能である。まず、従来から知られている軌道磁気効果を再現できることを確認し、その上で、外部磁場中のB相において、散逸を伴わない粘性であるホール粘性が存在することを明らかにした。このホール粘性は音波の楕円偏光を生じさせ、その大きさを定量的に評価すると10-13程度であることが分かった。その実験的測定は決して容易ではないものの、重力波の検出よりは容易であろうと思われる。

また、論文[1]で発表した研究では、上述と同様の解析をヘリウム3超流動のAnderson-Brinkman-Morel状態(A相)に対しても行なった。その結果、A相では時間反転対称性が自発的に破れているために、外部磁場を加えなくてもホール粘性が存在すること、その大きさはB相より5桁も大きくなることを見出した。これらの結果は、ホール粘性をヘリウム3超流動において実験的に初めて測定するための道を切り開くものである。

1.6.2. 強相関原子気体の流体力学と輸送係数

流体力学は、熱力学的平衡状態から外れた強相関系の低エネルギー物理を記述することのできる強力な枠組みである。論文[13]で発表した研究では、時間的・空間的に変化する散乱長を伴う非相対論的な粒子からなる系を考え、その流体方程式を構築した。その結果、散乱長は流体の膨張収縮を表すように、系の体積粘性(超流動相においてはξ2)を伴って流体方程式に現れることが分かった。このことは散乱長が系のハミルトニアンに内在する唯一のスケールであり、流体の膨張収縮はこのスケールと相対して起こることから自然に理解できる。同様の結果は、時間的・空間的に変化する散乱長を仮想的な外場と見なして、共形不変性を満たすように散逸項を構築することによっても得ることができる。さらに、静止した一様系に対して散乱長を時間的に変化させると、体積粘性に比例してエントロピー生成が起こることも明らかにした。この結果は、冷却原子実験において系の体積粘性を測定するために利用することができ、現在、大阪市立大学・堀越宗一・特任准教授のグループと共同研究を推進しているところである。

上述の流体方程式には、体積粘性、剪断粘性、熱伝導率といった輸送係数が含まれるが、これらの輸送係数を強相関系において計算することは一般に困難である。しかし、高温極限ではフガシティが小さくなるため、フガシティを展開パラメータとする系統的な展開(量子ビリアル展開)が可能となる。論文[6,10]で発表した研究では、コンタクト相互作用ポテンシャルを持つ2成分フェルミ気体において、粘性係数の系統的な解析を行なった。そのために、相関関数を量子ビリアル展開に基づいて系統的に計算する一般的な方法を開発し、これを体積粘性に対する久保公式に適用した。その結果、散乱長が発散し相関が最も強くなる極限において、体積粘性に対数的な特異性が現れることを見出した。さらに、久保公式から得られる体積粘性が、ボルツマン方程式に基づく運動論から得られるものと一致しないことも分かった。一方で、剪断粘性についても同様の計算を行ったところ、久保公式から得られる剪断粘性は、ボルツマン方程式に基づく運動論から得られるものと一致することが分かった。従って、上述の不一致は体積粘性に特有のものであり、体積粘性を計算するために採用された運動論において、準粒子近似が破綻していることに起因することを議論した。

1.6.3. 反平行磁場中の2次元フェルミ気体

原子は電気的に中性であるため、磁場中に置かれてもローレンツ力を受けないが、冷却原子実験では、原子に対してローレンツ力と同じ作用を人工的に作り出すことができる。特に、2成分を持つ原子に対して成分毎に反対向きのローレンツ力(反平行磁場)をも作り出すことができる。論文[19]で発表した研究では、反平行磁場中の2次元フェルミ気体を考え、その基底状態の相図を平均場近似の範囲内で詳細に解析した。その結果、超流動相と量子スピンホール絶縁体相が現れること、それらは2次の量子相転移によって隔てられること、その普遍クラスはパラメータの値に応じて希薄ボース気体あるいはXY模型のものとなることを見出した。これらの特徴は、全く異なる系であるボース・ハバード模型の相図と類似しており興味深い。また、通常は弱結合領域において指数関数的に小さい超流動ギャップの大きさが、反平行磁場によって劇的に大きくなることも示した。これは冷却原子実験における2次元フェルミ超流動の実現に大きく寄与する結果である。

また、論文[11]で発表した研究では、上述の研究を成分間の粒子数に違いがある場合に拡張した。そこでは、クーパー対が重心運動量を持つ超流動状態が実現し、特に、Fulde-Ferrell状態がLarkin-Ovchinnikov状態よりもエネルギー的に安定となることを示した。その上で、Fulde-Ferrell相、超流動相、量子ホール絶縁体相から構成される基底状態の相図を平均場近似の範囲内で決定した。

1.6.4. 1次元量子系における普遍的性質

冷却原子実験では、低次元量子系を人工的に作り出すこともでき、そこでは低次元系に特有の現象が現れる。特に1次元系においては、s波のコンタクト相互作用ポテンシャルを持つボース粒子系とp波のコンタクト相互作用ポテンシャルを持つフェルミ粒子系との間に対応関係があり、両者のエネルギースペクトルは完全に一致する。しかし、例えば運動量分布のような相関関数は、両者の間で一致しない。論文[17]で発表した研究では、系のエネルギーを運動量分布で表した際に、ボース粒子系では2体のコンタクト(短距離相関を特徴付ける物理量)のみが現れるが、フェルミ粒子系では2体と3体のコンタクトの両方が現れることを明らかにした。フェルミ粒子系のハミルトニアンは2体の相互作用ポテンシャルしか持たないにも関わらず、そのエネルギーを運動量分布で表した際には3体のコンタクトが現れることは、予想しなかった結果である。この結果は1次元量子系において3体相関の重要性を示唆するものである。

冷却原子実験において低次元量子系を人工的に作り出すと、もとの3次元系には2体の相互作用しかないとしても、低次元系には3体以上の相互作用が有効的に生じる。論文[15,16]で発表した研究では、2体の相互作用だけでなく3体の相互作用も陽に持つ1次元ボース粒子系を考え、この系に現れる束縛状態について詳細に解析した。その結果、2体の引力しか存在しない場合には任意の粒子数で一つだけ束縛準位が存在するが、3体の引力をわずかでも加えると、粒子数が3あるいは39以上の場合に限り新たな束縛準位が直ちに現れることが分かった。また、極端な場合として、2体の相互作用はなく3体の引力だけを持つボース粒子系を考えると、一般に複数の束縛準位が存在し、特に粒子数が多い極限では、基底状態の束縛エネルギーが指数関数的に大きくなることを示した。

1.6.5. 量子少数系における普遍性:エフィモフ効果

相互作用ポテンシャルの到達距離を超えるような大きさを持つ束縛状態は古典的には存在し得ないが、量子力学では粒子の持つ波動性のためにそのような束縛状態が可能となる。特に、散乱長が発散する特別な条件下では、無限に大きくなる量子力学的束縛状態が出現することがある。これまでに知られている例としてエフィモフ効果やスーパーエフィモフ効果があり、それらの励起状態の大きさは、指数関数的あるいは二重指数関数的に大きくなる。論文[18]で発表した研究では、2次元ボース粒子系において新しいクラスの量子力学的束縛状態を発見した。具体的には、2体の相互作用はなく3体の引力だけが存在しその散乱長が発散するとき、4体のボース粒子系において無限個の束縛準位が出現し、その励起状態の大きさがexp[(πn)2/27](n≫1は整数)のように振る舞うことを示した。特に、モデルポテンシャルを用いた解析に加え、モデルに依らない繰り込み群を用いた解析を行うことによって、この新奇現象の普遍性をも示し、エフィモフ効果やスーパーエフィモフ効果との関連性から、半スーパーエフィモフ効果と名付けた。従って、これまでに発見された無限に大きくなる量子力学的束縛状態は、エフィモフ効果、半スーパーエフィモフ効果、スーパーエフィモフ効果のいずれかによるものであり、それらは強相関量子少数系における三つの普遍クラスを構成すると言える。

上述のエフィモフ効果のような現象はその普遍性ゆえに様々な分野で現れる可能性がある。実際に、エフィモフ効果は原子核物理の文脈で理論的に発見され、冷却原子において実験的に実現されただけでなく、量子磁性体中の素励起であるスピン波(マグノン)においても現れ得ることが予言されている。論文[7]で発表した研究では、量子磁性体であるパイロクロア酸化物Yb2Ti2O7におけるエフィモフ効果の観測可能性について詳細に解析した。その結果、強いスピン軌道結合により外部磁場を用いてマグノン間の散乱長を制御できること、実験で到達可能な13テスラ程度の磁場領域においてマグノン間の散乱長が発散することを示し、そこで現れる3体マグノンのエフィモフ状態の束縛エネルギーを定量的に評価した。これらの結果は、エフィモフ効果を物性系において実験的に初めて観測するための道を切り開くものである。

1.6.6. その他の話題:KPZ方程式、双対性

Kardar-Parisi-Zhang(KPZ)方程式は界面成長を記述する非線形確率偏微分方程式であり、非平衡統計物理学における基本方程式の一つである。KPZ方程式に従って成長する界面は、2次元より高い次元において平坦な界面から凸凹した界面へ相転移することが知られている。一方で、KPZ方程式はコンタクト相互作用ポテンシャルを持つボース粒子系と等価であることも知られている。論文[2]で発表した研究では、前者の臨界点は後者の散乱長が発散する点に対応することに着目した。その点でのボース粒子系は、3次元においてスケール不変性が離散的スケール不変性に破れるエフィモフ効果を示すことから、KPZ方程式に従う界面成長の臨界点でも、3次元において離散的スケール不変性が発現する可能性を提唱した。

さらに別の話題として、双対性は異なる理論の間の等価性を意味し、特に、ボース粒子から成る理論とフェルミ粒子から成る理論の間の双対性はボース・フェルミ双対性と呼ばれる。近年、3次元時空において新しいボース・フェルミ双対性が発見され注目を集めている。論文[12]で発表した研究では、このボース・フェルミ双対性を4次元時空に拡張することを試みた。ボース粒子とフェルミ粒子の両方を含む格子ゲージ理論において片方の自由度を消去し連続極限を取ることで、自由なディラックフェルミオンと真空角θ=πを伴うスカラーQEDが双対となることを提唱した。特に、前者のトポロジカル相転移と後者のヒッグス・閉じ込め相転移が対応し、前者のディラックフェルミオンは後者のスカラーボソンとダイオン対の3体複合粒子として実現される。

上述の二つの結果はいずれも理論的な予想(conjecture)に留まる内容ではあるが、今後の研究でさらに検証するべき価値のあるものであると考える。

原著論文(2016-2020年度)

[1] T. Furusawa, K. Fujii, Y. Nishida, "Hall viscosity in the A phase of superfluid 3He", Phys. Rev. B 103, 064506 (2021).
[2] Y. Nakayama, Y. Nishida, "Efimov effect at the Kardar-Parisi-Zhang roughening transition", Phys. Rev. E 103, 012117 (2021).
[3] K. Takahashi, Y. Hino, K. Fujii, H. Hayakawa, "Full counting statistics and fluctuation-dissipation relation for periodically driven two-state systems", J. Stat. Phys. 181, 2206-2224 (2020).
[4] S. Nakada, S. Uchino, Y. Nishida, "Simulating quantum transport with ultracold atoms and interaction effects", Phys. Rev. A 102, 031302(R) (2020).
[5] T. Furusawa, Y. Tanizaki, E. Itou, "Finite-density massless two-color QCD at the isospin Roberge-Weiss point and the 't Hooft anomaly", Phys. Rev. Research 2, 033253 (2020).
[6] K. Fujii, Y. Nishida, "Bulk viscosity of resonating fermions revisited: Kubo formula, sum rule, and the dimer and high-temperature limits", Phys. Rev. A 102, 023310 (2020).
[7] Y. Kato, S.-S. Zhang, Y. Nishida, C. D. Batista, "Magnetic field induced tunability of spin Hamiltonians: Resonances and Efimov states in Yb2Ti2O7", Phys. Rev. Research 2, 033024 (2020).
[8] T. Furusawa, M. Hongo, "Global anomaly matching in the higher-dimensional CPN-1 model", Phys. Rev. B 101, 155113 (2020).
[9] K. Takahashi, K. Fujii, Y. Hino, H. Hayakawa, "Nonadiabatic control of geometric pumping", Phys. Rev. Lett. 124, 150602 (2020).
[10] Y. Nishida, "Viscosity spectral functions of resonating fermions in the quantum virial expansion", Ann. Phys. 410, 167949 (2019).
[11] T. Anzai, Y. Nishida, "Two-dimensional imbalanced Fermi gas in antiparallel magnetic fields", Phys. Rev. A 100, 043615 (2019).
[12] T. Furusawa, Y. Nishida, "Boson-fermion duality in four dimensions", Phys. Rev. D 99, 101701(R) (2019).
[13] K. Fujii, Y. Nishida, "Hydrodynamics with spacetime-dependent scattering length", Phys. Rev. A 98, 063634 (2018).
[14] K. Fujii, Y. Nishida, "Low-energy effective field theory of superfluid 3He-B and its gyromagnetic and Hall responses", Ann. Phys. 395, 170-182 (2018).
[15] Y. Nishida, "Universal bound states of one-dimensional bosons with two- and three-body attractions", Phys. Rev. A 97, 061603(R) (2018). Featured in Physics
[16] Y. Sekino, Y. Nishida, "Quantum droplet of one-dimensional bosons with a three-body attraction", Phys. Rev. A 97, 011602(R) (2018).
[17] Y. Sekino, S. Tan, Y. Nishida, "Comparative study of one-dimensional Bose and Fermi gases with contact interactions from the viewpoint of universal relations for correlation functions", Phys. Rev. A 97, 013621 (2018).
[18] Y. Nishida, "Semisuper Efimov effect of two-dimensional bosons at a three-body resonance", Phys. Rev. Lett. 118, 230601 (2017).
[19] T. Anzai, Y. Nishida, "Two-dimensional Fermi gas in antiparallel magnetic fields", Phys. Rev. A 95, 051603(R) (2017).
[20] Y. Nishida, "Renormalization group analysis of graphene with a supercritical Coulomb impurity", Phys. Rev. B 94, 085430 (2016).