研究概要

研究概要

研究組織研究成果研究活動
研究の目的

 電流の基本概念は19 世紀に電磁気学として完成し、20 世紀には実用上も現代情報化社会の礎となるエレクトロニクスとして発展した。同世紀末には電流に代わりスピンの流れ、いわゆる「スピン流」という新概念が登場し、21 世紀に入ると、その理解は単なる電流とは異なる角運動量を運ぶ流れとして一段と深まっている。最近では、このような角運動量流が、固体電子を媒介として、光,スピン,熱等と相互に変換することが分かってきた。例えば、スピンに着目すると、スピン変換の担い手は伝導電子スピンと局在スピン(磁化)である。伝導電子のスピン角運動量は、交換相互作用を介して角運動量保存則により磁化に加わる回転力(スピントルク)に変換される。これにより磁化は歳差運動を始め、臨界値に達すると向きを反転する。この現象が外部磁場を用いない磁気共鳴励起あるいは磁気記録の書き込み原理として応用され、スピントルク発振子あるいはスピントルク磁気固体メモリとして広く知られている。同様に光も時計回りあるいは反時計回りの円偏光として角運動量を局在スピンに受け渡して磁化反転を誘起する。熱に目を向けると、熱やマイクロ波等の擾乱は磁化の歳差運動を励起する。強磁性体と非磁性体金属の接合を考えると、歳差運動する磁化から伝導電子スピンを経由して、熱が電気に変換される。このように、伝導電子スピン、局在スピン、フォトン、フォノンなど多様な粒子・準粒子の間にまたがるスピン変換は、新奇な物性現象の宝庫であり、最近になってやっと発見された現象が数多く存在する。

 スピン変換に関わる最近の研究動向を眺めると、我が国の研究者は際立った成果を挙げており、巨大スピンホール効果、巨大スピン蓄積・純スピン流誘起磁化反転、スピントルクダイオード効果、スピンゼーベック効果、絶縁体へのスピン注入、スピン起電力、強磁性超薄膜の磁気異方性電圧制御など日本発の新しいスピン変換に関わる物性の研究報告は、枚挙に暇がない。10 年にも満たない短期間に上述のような多くの新しい物性研究の成果を発信するなど、スピントロニクス研究の著しい発展には我が国の貢献が極めて大である。このように、スピントロニクス研究は物質科学に実験と理論の両面から多くの知見を与え、活発かつ魅力的な研究分野に成長した。その結果、その存在感を世界的に顕示し、基礎研究としてだけではなく、実際に役に立つスピン変換応用を見据えたエレクトロニクス産業の関心を勝ちとるに至っている。

 これらの先進的研究で発見されたスピン変換現象の多くは、磁性体、非磁性体、半導体、絶縁体等の異種物質の比較的単純な接合構造で発現しており、このことはスピン変換現象が次に述べる2つの重要な特徴を有することを意味する。第一に、スピン変換現象は優れた汎用性・応用性を持っており、様々な物質やそれらの接合を選択できることから自由度の大きな機能設計が可能となる。第二に、こうしたスピン変換現象の背後に、普遍的な学理があることを意味している。このスピン変換現象を、統一的に理解し学問的に統合することができれば、新しい学術領域を創成するだけでなく、日本が得意とする磁性研究を基として世界を牽引してきたスピントロニクス領域を新たなステージに引き上げ、国際的な日本の学術的プレゼンスをより一層高めることができると考える。

 このような状況を考慮して、本研究領域では、多彩なスピン変換機能を発現させるための基礎物性を、実験の面では①磁気的スピン変換、②電気的スピン変換、③光学的スピン変換、④熱・力学的スピン変換の四つの視点から解明すると共に、理論の立場から⑤スピン変換機能設計を行う。こうした実験・理論の連携研究からその基礎となる学理を構築し、機能設計を目指す。実際に本研究領域に参画しているグループや世界的な関連研究でも、準粒子間の相互変換原理に基づく従来にないスピン変換現象が観測され始めている。これらがより高度に発展すれば、多様な自由度間をつなぐスピン変換科学の物理体系が構築され、日本のスピン変換研究の基礎基盤がより強固なものになることは間違いない。そこで、本領域ではこれらの点を踏まえて磁気的、電気的、光学的、熱・力学的スピン変換の全てが密接にかかわる異種物質接合の変換機能に着目して、次のように研究領域の達成目標を設定する。


(1) スピン変換による新物性の創出:異種物質間の接合状態とスピン変換機能の探索を軸に磁気的、電気的、光学的、熱・力学的スピン変換物理を実験と理論の両面から解明し、卓抜なスピン変換物性を創出する。
(2) 非線形スピン変換制御技術の確立:従来の線形なスピン変換とは異なる非線形スピン変換過程を開拓し、制御手法の確立を目指す。
(3) スピン変換の統一的な学理の構築:磁性体・半導体・絶縁体におけるマグノン、フォトン、フォノン等の多様な準粒子間の相互変換を実験と理論の両面から統一的に理解し、ナノスピン変換科学の物理体系構築を目指す。